■スーダンニュースVol.2 2006年1月19日■

スーダン 国内避難民の子どもたち
©IOM 2005

内戦が続いたスーダンには600万人の国内避難民がいるとされ、少なくとも400万人が21年に亘った南部での紛争による避難民です。

2005年1月の包括和平合意を機に国内避難民の南部への帰還が本格化しているのを受け、IOMは日本政府他の資金で、帰還ルート上の支援センターの設置や移送支援などを行っています。2002年以降、ニーズ調査など帰還支援の準備活動を行ってきました。

西部ダルフールの国内避難民に対しても、日本政府を始めとした支援で、キャンプ運営や生活必需品・保健医療サービスの提供を行っています。また1998年から、ウガンダ難民や児童兵士のスーダンからの帰還支援なども実施しています。

首都ハルツームや、ダルフール、南スーダン他、スーダン国内に6つの事務所を置いて活動しています。近く南部のジュバにも事務所を開設します。

南部への国内避難民の帰還支援

避難民による帰還先の視察を支援

ハルツーム地域の国内避難民に対して、帰還先の状況や帰還ルートに関する情報の提供に努めています。

国内避難民が正確な情報に基づいて帰還をすることができるように、IOMは10月後半にディンカ族の避難民代表11名による南コルドファン州アビエイ(Abyei)への一時訪問を支援しました。この訪問を通じて、帰還先の安全、保健、教育などに関する情報を避難民が直接集めることができました。期待していたほど、帰還先の環境が改善されていないことも明らかになりました。ハルツーム地域で生活する他の国内避難民コミュニティにも、訪問で集めた情報を提供することになっています。
スーダン アビエイへの国内避難民の視察
©IOM 2005
スーダン ジュバでのディンカ族への移送支援
©IOM 2005

ジュバ − ボー間の移送支援

11月27日からスーダン政府と国連各機関との協力のもと、ディンカ族のバハル・アルジャバル州ジュバ西方からジョングレイ州ボー(Bor)への帰還を緊急支援しています。およそ12,000人のグループで、その中でも特に支援が必要な障害者や妊婦、小さな子どもを連れた母親など4,000人以上を移送しました。

ディンカ族は西エクアトリア州で十数年避難生活を送っていましたが、20万から50万頭の牛を連れて、34のグループに分かれてジュバ経由で帰還を始めています。避難民の連れている牛が収穫を間近に控えた畑の上を通ることで、周辺コミュニティとの間にトラブルが予想されます。通過する地域に住むコミュニティとの仲介も含めて、移送や医療サービスなどを提供し、円滑な帰還を支援しています。


中央アフリカ共和国からの帰還

IOMは2月より、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と協力して、中央アフリカ共和国東部のMbokiで避難生活を送るスーダン難民の、南部スーダンの西エクアトリア州への帰還を支援します。10,000人の避難民のうち、5,000人を航空機で移送します。この活動は、UNHCRが隣国に避難しているスーダン難民30万人を対象に行っている帰還支援の一環です。

現在、中央アフリカ共和国から南部スーダンへ陸路で移動することはできません。できるだけ早く故郷に戻りたいという難民の声に応えて、UNHCRがIOMに航空機での移送を要請しました。

UNHCRによる登録情報に基づいた乗客名簿の作成、飛行計画の策定、乗客の案内と荷物の取扱い、燃料、パイロット、乗務員の手配などの業務を行います。また、Mbokiや途中の帰還民支援センターで、健康診断や医薬品や医療器具の提供を行います。高齢者や障害者などの場合には、付き添いなどの特別な対応を予定しています。

スーダン
次は羊の飼育を計画しているサディラさん
南部への帰還を早く実現させたい ©IOM 2005

南部の故郷に戻るために働きます
− 国内避難民 女性の願い −

サディラさんは、ハルツーム郊外にある国内避難民キャンプで21年間暮らしています。南部での紛争によりサディラさんは3人の兄弟を失い、ただ一人の姉は難民としてアメリカに渡りました。その際、教育のために10歳の息子と7歳の娘を姉に預けましたが、サディラさん自身はスーダンに残り、他の家族を支えることにしました。3人のいとこと、兄弟が残した子ども2人と暮らしています。

ハルツームで20年以上生活する間、帽子や服、皮のアクセサリーやバックなどを作ったり、染物をしたりして家族を養ってきました。南部にいたときにイタリア人宣教師から学んだ技術です。キャンプには酒の密造で大きな利益をあげている女性もいますが、サディラさんは自分の技術で生計を立てています。

サディラさんは自分で顧客を開拓するだけでなく、ケニアやガーナなどに住むいとこと協力して商売をし、将来の帰還に備えて貯金をしています。他の避難民に対する小規模の融資や養鶏も行い、起業のためのトレーニングにも積極的に参加しています。

最近サディラさんは南部を訪れました。故郷の状況は思ったより悪かったのですが、ハルツームで十分なお金が出来たら帰還しようと考えています。そこで育った人間がいなくては故郷の町の再建はないと信じているからです。

ダルフールにおける国内避難民への支援

2003年頃より激化したダルフール地域における紛争により、難民のみならず200万人ともいわれる国内避難民が発生しています。

IOMは、登録とキャンプ・居住地運営を中心とする緊急支援を実施しています。

南ダルフールからのディンカ族の帰還

スーダン南部で長年続いた紛争により、何万人もの人々が南ダルフールへ避難しました。多くが北バハル・アルガザール州と西バハル・アルガザール州出身のディンカ族の人々です。

正確な数は調査中ですが、南ダルフールには少なくとも8万人のディンカ族が暮らし、それよりも少数ながら北ダルフールにもディンカ族の人々が暮らしていると見られています。

ディンカ族の国内避難民のほとんどが、1983年から1988年の間に南ダルフールに来ました。ディンカ族はそこで農園労働者や小作人として仕事に就いていました。近年のダルフールでの紛争により、地元の住民と同様にディンカ族も家を失い、ダルフール一帯で避難生活を送っています。

南ダルフールで生活するディンカ族代表より、北バハル・アルガザール州へのディンカ族全員の帰還の希望が、2005年8月以来IOMや他の機関に伝えられていました。11月21日には、スーダン政府、国連、IOM他の関係機関が集まって、1万人のディンカ族を帰還させるパイロット事業について話し合い、帰還と帰還先での支援の必要性が確認されました。帰還先は南ダルフールのニャラから南東へ450〜500kmのところで、交通インフラは鉄道と未舗装道路1本だけです。帰還にはトラックで3日、徒歩では30日と考えられています。

20年ぶりの帰還に備え、故郷の実情を知ってもらうために、代表者による帰還先の訪問などを実施します。種まきの時期に間に合うように2006年3月末までに帰還を完了する予定です。

帰還のモニタリング

北ダルフールのKabkabiye地域へ突発的に起きた帰還に関するアフリカ連合(AU)の報告を受けて、IOMが設置している自発的帰還の「検証・監視ユニット」 が調査を行いました。帰還民やそのリーダーへのインタビュー、現地で活動しているNGOなどからの情報に基づいています。

ほとんどの帰還民は、農地の耕作のために自分たちの意志で帰還をしたと説明しました。多くは帰還先を事前に訪れたり、話を聞いたりして、情報を得てから帰還しました。

帰還先での保健医療や水へのアクセスは限られていますが、市場もあり農地も確保されています。調査結果は、人道支援を行う団体で共有されています。

スーダン 日本の支援による国内避難民の登録
©IOM 2005

国内避難民の登録

ダルフール全域における国内避難民の登録の第一フェーズが、最終的な集計作業中です。WFPとの連携で、275カ所で登録が行われました。IOMは15のWFPパートナー団体へのトレーニングと実際のデータ入力、登録現場での補助といった支援を行いました。また、登録情報をもとに食糧配給のカードを印刷するためのソフトを、WFPのパートナー団体に提供しました。

これまでの集計では、国内避難民の51%が女性です。54%の世帯は女性が主要な稼ぎ手です。ほとんどが18歳から35歳までの女性です。特に支援が必要なグループとしては、授乳中の女性が最も多く、保護者のいない高齢者・子ども、妊婦と続きます。

現在の治安を考えると帰還が実現するまでには困難が予想されますが、登録情報は帰還支援のための貴重な情報となります。データベースの中の個人が特定できるような情報は細心の注意を払って取り扱っています。

今後、人口の増減や移動を追う登録の第2フェーズを実施する予定です。