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■スーダンニュースVol.3 2006年6月27日■
ダルフール
ニャラ・キャンプの国内避難民 ©IOM 2006
内戦が続いたスーダンには世界で最も多い600万人の国内避難民がいるとされ、少なくとも400万人が21年に亘った南部での紛争による避難民です。
2005年1月の包括和平合意を機に国内避難民の南部への帰還が本格化しているのを受け、IOMは日本政府他の資金で、帰還ルート上の支援センターの設置や移送支援などを行っています。
西部ダルフールの国内避難民に対しても、キャンプ運営や生活必需品・保健医療サービスの提供を行っています。
IOMは、首都ハルツームやダルフール、南スーダン他、スーダン国内に8つの事務所を置いて活動しています。
南部への国内避難民の帰還支援
- ジュバからボーへ ディンカ族の帰還 -
故郷への帰還は、避難生活の中で唯一の幸せな瞬間と言えるでしょう。長年故郷から離れていた避難民が待ち望んでいた帰還は、感動に満ちたイベントになりました。IOM主任広報官ジャン=フィリップ・ショージーが帰還する避難民のグループに付き添いました。
- 出発の日 -
バハル・アルバジャル州ジュバ近郊ロロゴの帰還民支援センターに数ヶ月身を寄せているボー出身ディンカ族の国内避難民がようやく故郷へ出発する日を迎えました。
1992年、民族間の争いのためにジョングレイ州ボーから避難したディンカ族の人々は、西方の西エクアトリア州へ向かったグループと、ジュバや隣国ウガンダなどの南方へ向かった2つの大きなグループに分かれました。
2005年1月の包括的和平合意を受けて、西エクアトリア州で避難生活を送っていたディンカ族およそ12,500人が、貴重な財産である牛15万頭を連れて故郷に帰還することを決めました。東方のジュバに徒歩で向かい、そこから白ナイル沿いにボーまで向かうという計画でした。避難生活が長期化していたことから彼らを受け入れていたコミュニティーとの間に土地や放牧の権利を巡る緊張状態が生じていたことも、帰還を促す要因でした。
西エクアトリア州を越える旅は危険に満ちていました。地雷原の通過を余儀なくされ、牛泥棒に何度も待ち伏せで襲われました。お年寄り、女性が略奪者の格好の標的となりました。2005年12月、南スーダン政府の要請を受けて、IOMは国連と協力して特に弱い立場にある国内避難民をジュバへ移送する支援を行いました。
出発を目前に興奮した子どもたちは荷物の周りを走り回り、女性たちは木で作った十字架を胸元に掲げています。テントの掃除も行いました。近くに滞在している他の避難民族がじきにやって来ます。IOMによる健康診断を受け、フェリーの乗船者リストにも名前を登録します。
支援センターに最初のトラック数台が砂埃を上げて入ってくると、期待は更に膨らみます。IOM職員がフェリーの乗船予定者の確認を始めるとすぐに列ができました。最終的にディンカ族のお年寄りや妊娠中の女性など、320人が白ナイル西岸に停泊していたIOMチャーターのフェリーに乗り込みました。
- 故郷への旅 -
一夜明けると、デッキからリズミカルなドラムの音に合わせて賛美歌が聞こえてきました。ディンカの人々は故郷に帰還できる感謝の気持ちを表していたのです。
「故郷に帰ることができて本当にうれしい。父は1992年に亡くなりましたが、ボーで母をみつけたいと思います。もう大分年をとって、少なくとも50歳になっているはずです。」
とサミュエル(28歳)は言いました。
フェリーが動き始めると興奮は更に高まりました。150キロを18時間かけて白ナイルを上る旅の始まりです。人々はデッキに集まり、ジュバに別れを告げました。
白ナイルを北上すると、以前ディンカ族と敵対していたMundaris族の集落が見えてきました。Mundarisの人々はディンカの人々の帰還を歓迎して、トウモロコシやマンゴーをフェリーの中に投げ入れました。そして出発から9時間後、フェリーはTerakekaという町に到着しました。近くの集落に住むMundaris族の若者たちがドラムに合わせて踊り、帰還するディンカの人々を楽しませました。夜が更けるとまた賛美歌とともに人々は眠りにつきました。
スーダン
ジュバに別れを告げる国内避難民
Sven Torfinn / ©IOM 2006
- なつかしの故郷へ到着 -
そして到着の日、デッキから聞こえてくる賛美歌は更に大きくなりました。みんなあと数時間で故郷に到着することを知っていました。
フェリーが進むにつれ、更に多くの人がデッキに出てきました。マイケル・ギャラン(60歳)は他の年長者とともにデッキに立ち、自分たちの土地をしっかりと確認しました。約束の地にたどり着いた巡礼者の様に、ディンカ族の年長者たちは木製の十字架を握りしめていました。
「平和によって私たちは故郷に戻ることができました。神に感謝します。」
と子どもの時にボーから避難したマイケル(18歳)は言いました。
援助団体の倉庫が並ぶボーの町がはっきりと見えてきました。川岸では、何百人もの地元の住民たちがフェリーが錨を下ろすのを今か今かと待っていました。フェリーが岸に着き、下船したディンカ族の人々は熱い歓迎を受けました。
若い女性が叫びながら父親の腕の中に飛び込んでいきました。二人は抱き合い、その後目を閉じて手を空にかざし静かに祈りました。何年も離ればなれだった若い女性たちは喜びのあまり悲鳴を上げ、抱き合い、キスをして、手をつないで去っていきました。子どもたちは、ボーに先に到着していた友だちや家族に向かって駆け出しました。
「本当にうれしくて、空を飛べそうな気分です。」
SvenTorfinn/©IOM 2006
Christophe Calais/©IOM 2006<
UNHCRが運営する帰還民支援センターに一時滞在した後、3人の子どもと故郷の村へ帰還する予定のマーサは言います。センターでは食糧、ビニールシート、蚊帳などの配布や、医療など様々なサービスが提供されています。
ルイ・ホフマンIOMスーダン事務所代表は言います。「このグループは、経済活動の手段である牛と共に帰還したため、社会復帰には期待が持てます。ディンカ族は帰還に際して素晴らしい勇気を示しました。IOMとそのパートナー団体は、適切な時期に帰還を支援することができました。こんな幸せな物語が今後も続くことを願っています。」
("Migration" 2006年6月号より)
- 雨季を目前にした帰還支援 -
IOMは今年に入って、国内避難民16,000人以上の南部への帰還を支援し、移送サービスを提供しました。うち2,100人をジュバからボーまでフェリーで移送しました。河川による移送は、雨季でも頼りになる唯一の手段です。IOMは現在、雨季を目前に控えて、ジュバ周辺で帰還途上にある国内避難民への支援を進めています。ジュバ近くのロロゴ帰還民支援センターまで、特に高齢者や障害者、妊婦、乳幼児など特別なケアが必要な避難民を車両で移送しました。
スーダン
トラックで国内避難民をジュバへ移送 ©IOM 2006
雨季には交通手段が限られて援助活動が困難になることから、帰還先のボーでも受け入れ体制が整わないため、このままロロゴに留まる国内避難民もいることが予想されます。そのため国際機関やNGOは、トイレの増設や食糧などの準備を進めています。
ダルフールにおける国内避難民への支援
2003年頃より激化したダルフール地域における紛争により、難民のみならず200万人ともいわれる国内避難民が発生しています。
IOMはダルフールにおいて、@国内避難民の登録、Aキャンプ運営、B国内避難民の移動のモニタリングを中心に活動を行っています。
2004年11月から2005年12月までは、日本からの200万ドルの緊急無償資金協力により、ジュネイナ近郊とニャラ近郊の複数の国内避難民キャンプで以下の支援を実施しました。
- キャンプ運営、生活必需品の提供 -
IOMは2005年から国連人道問題調整事務所(UNOCHA)の要請により、北ダルフールと南ダルフールでキャンプ間の調整を行いました。週一回各キャンプ運営の関係者を集めて、キャンプ間の支援の格差などを調整するための会議を開催しました。キャンプで活動する援助団体に協力を求めたり、IOMが直接支援を行ったりすることで、会議で明らかになった問題点の解決を図りました。
同時に、新たに避難民となった人々の受入や治安状況に対応して、新しいキャンプや既存のキャンプ拡張のための調査や設計などを行いました。国内避難民を雇用してキャンプのインフラ整備も行い、シャベル・鍬などを持ち込んで、洪水を防ぐためのダムや堤防、排水溝の工事、道路の補修などを行いました。800カ所以上のトイレの設置、及び使用ができなくなったトイレの処理も行いました。
国内避難民が新しいキャンプへ移転する際には、12,000人に対し健康診断と移送サービスを提供しました。また、キャンプでの生活状況を改善するため、ビニール・シート約25,000枚、蚊帳約25,000張、毛布約5,000枚などの物資を配布しました。
スーダン・ダルフール
堤防の設置©IOM 2006
スーダン・ダルフール
日本の支援による衛生施設の設置©IOM 2006
スーダン・ダルフール
国内避難民の登録 ©IOM 2006
スーダン・ダルフール
©IOM 2006
- 国内避難民の登録 -
IOMは国連世界食糧計画(WFP)との協力で行った支援対象の国内避難民登録のために、データベースを構築しました。また、実際に国内避難民一人ひとりのデータ収集と入力を行うWFPのパートナー団体に対して、トレーニングを実施しました。同時に重複しているデータを整理し、効率的な食糧配給に役立てました。IOMはWFPと協力して治安状況の悪化などの困難を乗り越え、2005年末までに国内避難民2,006,500人の登録を完了しました。これにより食糧配給のためのカードの発行が可能となっただけでなく、将来の支援計画の策定や帰還時のモニタリングに必要な、国内避難民の人数や経済状況、出身地などのデータを収集することができました。
ダルフールでは人道支援活動の実施が非常に困難な状況にあります。1956年のスーダンの独立以来ダルフール地域の開発は進んでいないため、道がほとんど舗装されていないなど、インフラが整備されていません。気候は厳しく、暑い時期には摂氏50度を越え、3ヵ月続く雨期にはほとんどの道が通行不能になります。ダルフールの人々は多数の民族や宗教からなる複雑なバックグラウンドを持っており、人口の急激な増加や砂漠化の進行による資源の減少など、様々な困難に直面しています。東の国境を接しているチャドも極度の貧困に苦しんでおり、政情は不安定な状態にあります。このような要因で紛争が3年以上続き、治安が安定しないことから、国内避難民キャンプや弱い立場にある人たちへのアクセスが難しくなっています。加えて資金不足からも必要な支援が実施できない状況です。