スリランカで津波被災者のための仮設住居の建設事業を担当するIOM職員、大野拓也からの報告です。

赴任以来撮影を続けた、たくさんの活動地からの写真とともにお届けします。

仮設住居を内戦により家を追われた人々のためにも建設しています

©IOM 2005

   

   2005年12月   

   IOMスリランカ事務所
   仮設住居プロジェクト担当 大野 拓也

クマーラトゥンガ前大統領は8月末に、津波被災者を対象に仮設住居の建設を行うIOMを含む主要な団体を表彰しました。それを機に、スリランカでの支援は、緊急支援から長期的な支援に本格的に移行しています。

私は、仮設住居に住む被災者が恒久的に生活する住居に移るまでの間に使用する、給水設備やトイレの整備、排水溝の設置など仮設住居サイトの維持管理に取り組んでいます。特に、津波発生後初期段階に設置された多くの簡易トイレがし尿処理の限界を超えており、これらに対応しています。スリランカにはバキュームカーがほとんど存在しないため応急処置を行う一方で、持続可能とされる堆肥トイレなどの設置を政府やUNICEFなどの他団体との定期会合で検討し、解決策を練っています。

さらに、これまでに津波被災者に対して仮設住居を4,000軒以上建設した経験を生かして、過去数十年にわたった内戦により国内避難民となった人々への仮設住宅建設も行っています。先日訪れたスリランカ最北端ジャフナ県の新しい現場では、地雷が確認され、スリランカ陸軍が国連の指導を受け地雷除去を行っています。この地区は津波による被害も受けており、様々な国内外援助団体が活動していますが、内戦により社会基盤が破壊されているために、復興活動を困難にしています。
ガンパハ県ニゴンボ
仮設住居に移る前は、被災者はこのようなテントで避難生活を送っていました ©IOM 2005

ガンパハ県ニゴンボ
完成した仮設住居 ©IOM 2005 <

写真でみる仮設住居の建設事業

撮影:大野拓也

©IOM 2005

仮設住居の建設現場へ向かう途中のモラトワ海岸沿いは、瓦礫や倒壊した家々が数キロ続いており、津波の被害の大きさを感じます。

被災地に立つと10年前の阪神淡路大震災のことを思いださずにはいられません。当時の私は大阪で建築を専攻する学生でしたが、大規模な自然災害を前に、安全な居住環境について改めて考えさせられました。

(2005年4月28日付 IOMスマトラ沖地震及び津波被災者支援ニュースNo.14より)



IOMは、日本政府ほかの支援を受け、津波で家をなくした人々のために2〜4年使用可能な仮設住居をスリランカ各地で建設しています
アンパラ県
日本の支援による仮設住居の建設地
©IOM 2005
アンパラ県 ©IOM 2005

©IOM 2005


IOMがアンパラ県で建設した仮設住居です
入居した家族が、住居を真似て脇に小さな鶏小屋を建てました

すでに入居が始まっている現場で作業をしていると、被災者より差し入れを頂くことがあります。 この日はココナッツジュースをごちそうになりました。
©IOM 2005
©IOM 2005

©IOM 2005



アンパラ県で、地域の人々と仮設住居建設事業担当のIOM職員

寺院の境内にも被災者が避難生活を送るテントが設置されました。そこで出会った小さなお坊さん。

炎天下でテント内は非常に暑く、仮設住居に早く移ってもらえるよう、建設を急ぎました。
©IOM 2005
©IOM 2005

カルタラ県パナドゥラ ©IOM 2005


仮設住居の建設により、被災者が地域社会の再生への第一歩を踏み出すのを手助けしています。




子どもたちに笑顔が戻ります。
カルタラ県 ©IOM 2005


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