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国際移住機関(IOM)
プレス・ブリーフィング・ノート日本語版 2006年6月6日
◆東ティモール 国内避難民に食糧と水を緊急配布◆
IOMは東ティモール労働省と協力し、トラックと75名の職員を配置して首都ディリ市内で避難生活を送る人々に水や食糧を届けている。
国連によれば、5月中旬に発生した騒乱により東ティモール全体で10〜11万人が避難民となった。現在、オーストラリア主導の国際平和維持部隊(IPKF)が介入している。
およそ65,000人がディリ周辺の30カ所以上で避難生活を送っているとみられ、他の地域では約3万人が60〜70カ所のキャンプに避難しているとみられる。
IOMは先週以来パートナー団体と協力し、飲料水118,000リットルや米の輸送と配布を実施しており、今週も、水、米、高カロリービスケットの配布を続けている。また労働省や他の援助機関と協力し、優先的に物資を配布する地域の特定と支援の際に利用可能な倉庫や給水地点の割り出しを行った。
「散発的な騒乱、放火、略奪は現在も続き、治安状況は流動的。先週IOMのトラックが強盗にあったが、IPKFの仲裁で解放された。」とルイス・ビエイラIOMディリ事務所代表は語った。
国連はIOMに対し、IPKFとの連絡を含む輸送や移送の調整を要請。IOMは当面の活動の資金を国連中央緊急対応基金(CERF)に要請した。
IOMは東ティモールでの活動を1999年に開始。独立を選択した国民投票の後、19万人の帰還を陸路、海路、空路で支援した。国民投票後の暴動の影響で、20万人以上の東ティモール人がインドネシア領西ティモールのキャンプへ避難した。オーストラリア軍主導のIPKFの展開とインドネシア軍の撤退により治安状況が回復し、インドネシアによる25年の統治を経て、2002年5月に東ティモールは独立した。
東ティモール
IOMが1999年国民投票の在外投票を支援
© IOM 1999 - MMO0001
IOMはその後、帰還民支援として様々な小規模コミュニティー支援を実施した。また世界銀行と米国国際開発庁(USAID)の支援を受けて、政府機関に対するトレーニングの提供と東ティモール民族解放軍(ファリンテル)元兵士2,000人の動員解除と社会復帰の支援を行った。
◆インドネシア ジャワ中部地震 兵庫県・神戸市からの物資も輸送◆
IOMはジャワ島中部での地震被害に対応する緊急支援活動を強化している。被災地へ救援物資を届けると同時に、負傷者の医療施設からの帰宅を支援している。
IOMは被災地で援助物資の輸送・配布、生計手段の回復、医療、避難施設、水や衛生施設の供給などの支援を実施するため、国際社会に1,650万ドルの支援を要請している。
インドネシアの各事務所から集まった43名の職員が支援活動に従事。トラック169台を運行し、5日までに他の援助団体の依頼も含めて536トンの援助物資を輸送。5日には兵庫県と神戸市から被災地に贈られた毛布1,500枚がジャカルタ空港に到着、被災者への配布の手配を進めている。IOMはインドネシア政府からの要請で、被災地での援助物資の輸送と配布の調整を行っている。
5日までに、ジョグジャカルタやその他の地域の病院から患者とその家族1,152人の帰宅を支援。家を失った患者や、充分に回復していない患者が多いことから、ジョグジャカルタで退院患者が一時滞在できる宿泊施設を手配、手術が必要な患者の適切な医療機関への移送も行っている。
インドネシア
9台のトラックで国際赤十字の物資をバントゥルとクラテンへ輸送
© IOM 2006. Photo by Shima Roy
インドネシア
スラディさん(40歳)はIOMの支援を受け帰宅
© IOM 2006. Photo by Katsui Kaya<
瓦礫の中から救出された少女 病院での治療後、帰宅を支援
インドネシア
兄のドノに支えられて移動
© IOM 2006. Photo by Katsui Kaya
インドネシア
帰宅し横になって休むデヴィ
© IOM 2006. Photo by Katsui Kaya
デヴィ(20歳)は地震で腕などに重症を負い入院をしていましたが、5日、IOMの支援によりバントゥル県の小さな村にある自宅へ帰りました。
家族はデヴィの帰宅を喜んで、彼女が横になれるように瓦礫になった家の敷地の一画をきれいに片付けました。デヴィはこれから数週間ここで回復を待ちます。
「デヴィは面倒見が良く、いつも周りの人たちを助けようとしています。戻ってきて本当にうれしいです」兄のドノは言います。
水田の横にあるれんがの家の壁がガタガタと音を立てた時、デヴィは家の仕事の手伝いに向かっていました。デヴィは驚きのあまりその場から動けずに、崩れた家の瓦礫に埋まってしまいました。かろうじて避難した家族も瓦礫で怪我をして、崩れた家からデヴィを救出できませんでしたが、幸運にもその後到着したインドネシア軍がデヴィを瓦礫の中から助け出し、ジョグジャカルタにある病院にデヴィを移送しました。
ドノはデヴィに数日間付き添っていました。IOMが自宅までの移送サービスを提供していることを知ってすぐに支援を依頼しました。31日朝、IOMの看護師とドノがデヴィを車いすに乗せ、IOMが用意した車に乗って故郷の村に帰りました。
ドノによればデヴィは未だに地震のトラウマに苦しんでいるようです。「デヴィは夜なかなか眠れません。大きい音を聞くと恐ろしさのあまり思わず耳をふさいでしまいます。しかし少なくともデヴィは生まれ育った家に戻ってきたのです。」
IOMは負傷して入院した被災者が帰宅できるように支援を行っています。患者が充分に回復していれば、院内感染を防ぐため、また病院がより深刻な状況の患者に対応できるように、できるだけ早く帰宅させるのが望ましいのです。
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お問い合わせは
IOM International Organization for Migration
国際移住機関 駐日事務所 駐日代表 中山暁雄
お問い合わせ 広報 後藤裕子
〒105-0001 東京都港区虎ノ門1-1-12虎ノ門ビル8階
Tel: 03 3595 2487 Fax: 03 3595 2497
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